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Q3.ボーカルの稲葉浩志ってどんな人?

A.1964年9月23日生まれ。岡山県津山市出身。ボーカリスト。
 グループ「B’z」の曲のほぼ全ての作詞と、一部編曲に参加している。
 岡山県津山市で、公務員の父親と化粧品店を営む母親の元、第二子として誕生した。
 兄は4歳年上で岡山県津山市で和菓子店「くらや」の社長である。
 この4歳年上の兄の影響をうけ、ハードロックなどを早くから聴き始めていた。兄のいう「変な歌」を作曲したりと音楽への取り組みもあり、高校の時既にバンドは組んでいたらしい。  岡山県津山市にある津山高校を経て、横浜国立大学教育学部に進学、在学の傍らも音楽活動をしていたが、教育実習でその長髪を注意され、実習を途中で投げ出したというエピソードがある。その後数学教師(中学のみ)の免許を所有するが教員の道へと進まず、就職もしたがすぐにやめてしまい、プロミュージシャンの道へと進んだ。
 その後、ビーイング音楽振興会に所属し、雑誌などでモデルをつとめながらデビューを待った。一時アイドルとしてのデビューも画策されたらしいが稲葉が頑なに拒否。やがて社長長戸大幸によって「松本孝弘がバンドを組みたがっている」と松本を紹介される。
 会ったその日に話がまとまり、ビートルズの曲で歌あわせをしたあと、結成が決定した。
 1988年、松本孝弘とともに「B’z」を結成。それまで経験のない作詞を始め、9月にデビュー。しかしB’zはその後、鳴かず飛ばずであった。
 ところが「BAD COMMUNICATION」でブレイク。以降、出すシングル出すシングルにあちこちから曲を拝借し、売れに売れてスターの階段をかけのぼった。(以降B’zの項参照)

 B’zの人気は以降、拝借故のレベルの高い楽曲と、特に稲葉のアイドル的人気に支えられていたといっても過言ではない。
 おっかけがマンションの周りをとりかこみ、「稲葉さんが帰れないと楽曲制作ができません」とファンクラブから注意が発せられたこともあったらしい。
 また、実家のある岡山県津山市では、稲葉の実家「イナバ化粧品店」を訪れる女性が後を立たず、観光マップが作成され名誉市民となった。「イナバ化粧品店」は今も稲葉の数々の思い出の品が展示され、稲葉の似顔絵を貼った化粧品を購入したり母親と写真を撮ることを目当てに訪れる人が後を絶たないそうである。

 ちなみに私生活(女性関係)は1994年、全日空勤務の女性と結婚。人気は衰えることはなかったが、長期にわたるコンサートツアーで夫婦生活に溝が広がり、1996年には離婚の報道があった。
 1997年夏、スポーツ紙でタレントの松崎しげるの離婚した二番目の妻との同棲が報じられ、11月FRIDAY紙上にて同棲写真が載せられた。翌月には入籍、翌年には東京都渋谷区松涛に4億円の豪邸を購入するための下見にでかけたところをやはり写真紙に撮られ、掲載されている。
 この妻の悪評ぶりがひどく、ファンの間で相当の不満が爆発したらしいが、二人の絆は深かったようで2002年7月第一子(男子)が誕生した。

 偶然かどうはわからないが、この悪評の高い妻との第一子が誕生してから、アルバムの売り上げが50万枚おちたそうで、稲葉のアイドル的人気のほどをはかるよいバロメーターともいえよう。

 身長は公称173センチとなっているが、実際あった人によると「そんなにない」といわれ、170センチ程度かとも思われる(それより低いという噂も)。

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